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2008-01

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スカイライン三代目ハコスカの誕生秘話

スカイラインの3代目ハコスカが誕生したのが昭和40年。会社の上層部では日産とプリンスの合併の話あっている頃ですね。そのころ現場では次期スカイラインの開発が進んでいました。
 合併した41年ころにはすでに箱スカイラインの試作車が作られていたそうです。
 あの頃、ハコスカは高速道の整備を考慮したエアロダイナルックと呼ばれるボディーデザインがとても斬新でした。そうは言っても、ハコスカは時速100km/hを超えてくるととんでもない風切り音がしたんですが…。エアロダイナルックは効いていたのでしょうか?気になります。
 ハコスカの最初のモデルでは1500シリーズからの発売で、プリンス系のG15型のエンジンはたった88馬力でした。88馬力と言えば、昔のS57型のモデルが2台で砂浜を走り回ってくるくる回りながらエンジンの出力の88の文字を書いていく面白いスカイラインのCMがありましたね。
 でも88馬力のエンジンではユーザーから物足りないと言われてました。そのこともあってなのか、2か月後にはL20型エンジンを搭載したハコスカ2000GTシリーズが発売となりました。
 しかし、ハコスカのチューンアップが好きな人にはまだまだ満足できなかったようですが、こうしてL型のハコスカが誕生しました。

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箱型スカイライン(ハコスカ)のエンジン

ハコスカに搭載されていたエンジンは年式・グレードによって様々ですが、スカイライン2000GTに搭載されていたL20型のエンジンは日産製のエンジンなんです。
 そしてハコスカGTRに搭載されたS20型エンジンや1500cc・1800ccの4気筒エンジンはプリンス自動車の開発によるエンジンでした。
 ハコスカは、ちょうど日産とプリンス自動車の合併後、最初の車両なので、このようにグレードによってハコスカに搭載されるエンジンの種類が混ざってしまっているわけですね。スカイラインで同じ車種なのにグレードの違いであれほど特徴に違いがあるのも納得です。
 そして、L型エンジンといえば、今やハコスカのチューニングの世界では知らない人は居ないくらいのエンジンですよね。L型エンジンの名前の由来は直列(Line)エンジン」のLineの「L」を取ってるらしいです。
 このエンジンはスカイラインだけでなく、フェアレディZやセドリック・グロリアへも搭載されていました。
 もともと剛性が高く、ポテンシャルがとても高いエンジンなのでチューンナップを施せば、飛躍的にパワーアップすることが出来ます。
 今でもハコスカは現役でゼロヨンの競技やレースの世界で活躍していますから、ハコスカの心臓はまさに不朽の名機といえるスーパーエンジンですね。

スカイラインの時代到来はハコスカから?

量産型のスカイラインクーペの歴史は3代目の「ハコスカ」から始まったとも言われています。
 1968年7月にデビューしたハコスカは、最初は1500ccのセダンのみという設定でした。しかし、その2か月後に直列6気筒のL20型エンジンを搭載したハコスカ2000GTが誕生しましたね。
 発売開始から2か月後に新エンジン搭載というのがとても期間が短いです。最初にハコスカの1500ccのセダンで買った方々は納得できたんでしょうかね?日産に駆け込んだ人も多かったかもしれません。
 そして、翌年2月にはハコスカGTRが誕生、同年8月には1800ccを追加!
 スカイラインはバリエーションがどんどん増えていきました。もう最初に買った方々の心境は想像もできませんね。
 でも、今の時代となれば、初期型の方が価値が高くなることも多いですから、ハコスカを現在もずっと所有されている方が居れば鼻高々なのかもしれませんね。
 そんなハコスカシリーズの中で、ハコスカの6気筒のスカイラインGTモデルは、4気筒に比べて長いエンジンを搭載するために、ノーズを195mm延長しています。
 これはセダンもクーペも変わらず、デザイン上でもとても大きな差となっていますね。
 あの頃、ロングノーズのスタイルはとてもレーシーで、ハコスカは誰もが認めるスポーツカーとしての証でした。

箱型スカイライン(ハコスカ)

ハコスカって言えばスカイラインC10系のことを言いますが、皆さんはハコスカについてどんなイメージがありますか?私はスカイラインシリーズの中でも、ケンメリスカイラインやその後のスカイラインに比べると、圧倒的にこのハコスカシリーズが好きです。
 なぜかと言えば、やっぱりハコスカのシンプルなスタイルとハイスペックなエンジン、そして軽めのボディで軽快な走りが楽しめるからです。
 ハコスカの後のケンメリはCMも素敵でしたし、スタイルもオシャレにはなりましたが、ハコスカに比べて重量が重くなってしまったので、走りを楽しむという点ではハコスカの方が上でしたね。
 ハコスカの魅力といえば、やはりレーシングカーのようなスタートダッシュでしょう。
 最高速度としては、後から出たスカイラインシリーズの方がエンジンも新しくなってくるので早いでしょうが、体感速度としての速さはやっぱりハコスカが1番ですね。特にエンジンのレスポンスは特別なものでした。
 あの頃の日産は1年ごとにマイナーチェンジをしていました。当時のスカイラインに対する意気込みを感じますね。
 しかし、パーツが細かく分かれてしまい、生産年数も短いことからパーツはとても少なくて今では手に入らないものが多いというのが残念です。

ハコスカの心臓が後代GTRへ?

名機S20エンジンを搭載してレースにおいて敵なしの状態となり、50勝という偉業を達成したハコスカGTR
 しかし、ハコスカGTRの台数は少なく今ではGTR仕様というハコスカの方が多いくらいです。そしてチューニングを好む方々にはエンジンを載せ替えてパワーをさらに絞りだすという方向がとても多いです。一番メジャーなのがGTやGTXに搭載されていた6気筒L型エンジンですね。
 L型エンジンはシリンダーブロックの剛性が高く、チューニングのベースエンジンとして高いポテンシャルを持っていることで人気となりました。L型エンジンは当初、セドリックのみに搭載されていたエンジンですが、C10型の登場の2カ月後にL20を搭載した2000GTが登場します。 そのL型エンジンは年々と排気量を大きくしたモデルが登場し、1969年にL24型が登場。そして海外輸出用にL26型が登場し、そして1975年に最大排気量を誇るL28が誕生しました。この大排気量エンジンをさらにボアアップして3.1リッターへと改造する方々も少なくありません。
 さらに今ではハコスカGTRへ、現在よく知られているRB26エンジンを搭載してチューニングされる方も多いです。外見はハコスカ。その心臓部は最新のGTRエンジン。しかし言葉では簡単に言えてもそれを実際にやってのけるのは至難の業でしょう。エンジンに合わせたトータルバランスを考えなくてはいけませんから。
 実際にコンプリートカーの値段は500万を超えるものもしばしば。ですが、そうまでしてこだわるというのは、やはりハコスカGTRという車がそこまでする価値のある車という事なのでしょうね。

ハコスカGTRの人気度はすごい!

ハコスカGTRは日本の誇る名車とも言えるスカイラインです。
 レースでの50勝記録を持つこの車に今までどれくらいの人々がこのニッサンのスカイラインに魅了されていたでしょうか。ハコスカGTRに関してはもう魅力を語る必要はないと言っていいほど、インターネットでもそこら中にハコスカの素晴らしさが書いてありますね。
 やはり人々を魅了したスカイラインが3代目ですよね。あの角ばったスタイルやガンメタの塗装がたまらなく渋い!ハコスカの総販売台数は310,447台。そのうちGTRはたったの1,945台しかありません。数字を見るとその少なさは一目瞭然ですね。これだけの台数しか存在しないにも関わらず、現在でも旧車と呼ばれる車の中でも最も知名度も人気もある車ではないでしょうか。
 今では中古車相場も新車時の値段を超え年々上がる傾向にあります。また、ハコスカ2000GTに外装・内装・エンジンまでもGTRのパーツを付けてGTR仕様としてチューンナップされる方々も多いですね。販売台数が少ないのでお金を積めば買えるかというとそうではありません。
 ファンの方々の年代も20代から70代以上の方までとても幅広いです。まさに万人を魅了するスカイライン。誰もが一度は乗ってみたい車ですよね。

ハコスカGTRの魅力

この時代になるとハコスカGTRと聞いてピンとくる人は30代以上の方でしょうか?もう、その中でもGTRの呼び名は絶大ですよね。
 言わずと知れた、ニッサンの箱型スカイライン2000GT・2000GTR。心臓部にニッサン全盛期のL型エンジンを搭載した車種なので、チューンアップを好む方々からは絶大な人気でした。
 足回りは、四輪独立懸架となっており、その当時では先進の方式を採用していて、この四輪独立懸架の方式こそが、ハコスカをローダウン(当時では「シャコタン」と呼んでいた)した時に、後輪がハの字となり、リヤフェンダーにギリギリまでのタイヤを組んでいたものでした。よく「ツライチ」と言いますね。そのドレスアップの方法は今でもよく見かけますが、ハコスカがその先駆けだったのではないでしょうか。
 ハコスカは、スカイライン2000GTの後に、スカイライン2000GTRが誕生したのですが、GTRは最初からリヤフェンダーにワークスオーバーフェンダーが装着され、エンジンの性能はレーサーそのもので、エンジン音が中速くらいからカン高くなり、アクセルレスポンスは最高の一言。
 この特徴こそが、きっと当時のチューンアップを好む方々のハートを鷲掴みにしたのですね。

ハコスカGTRの変化

1969年にハコスカGTRが誕生してから、同じ月にPC10型1800シリーズのハコスカも追加されました。
 こちらのシリーズは、ローレルに先行搭載されていたプリンス系の直列4気筒OHC(オーバー・ヘッド・カムシャフト)1800ccのG18型をハコスカに移植したものです。1800スポーティデラックスにGTの装備を加えた「スポーティS」というグレードも設定されましたが、こちらもエンジンはシングルキャブのままでした。
 そして同年の10月にマイナーチェンジ。ハコスカの前期モデルの人気のスタイルだった「ワンピースグリル」となりました。
 さらに、その1年後、ハコスカの後期の誕生です。2ドアのハードトップを1800シリーズ(KPC10型)、さらに2000GTシリーズ(KGC10型)に追加となりました。GTRはセダンからハードトップ(KPGC10型)へ変更されました。ハードトップはセダンに対してホイールベースを70mm短縮したことによって運動性能も向上しました。
 この頃、負ければニュースになるとまで騒がれていたGTR黄金時代を築いた名車です。50勝目の栄冠を勝ち取った車「GTR」としてさらに有名になり、ハコスカ(箱型スカイライン)という通称もすっかり定着していました。

ハコスカといえばGTR!

ハコスカは、歴代のシリーズの中で1968年から~1972年まで販売されてたC10型のスカイラインです。
 そして、その内で1969年2月に4ドアと2ドアの最上位グレードに設定され、そのスペックは直列6気筒4バルブDOHC(ダブル・オーバー・ヘッド・カムシャフト)2000ccのエンジンを搭載。最高出力160馬力。最高速度200km/h。ゼロヨンでは16秒という当時としては驚異的な性能を誇ったGTRが誕生しました。
 他のグレードのハコスカとの違いは、GTRは大きくなったタイヤサイズに対応するために、リヤのフェンダーのサーフィンラインがカットされているという点。
 サーフィンラインとはボディー剛性を上げる為にスプライン(折り目)を入れるのですがそのスプラインをデザインしたものになります。他にもハコスカGTRでは、ウィンドウシールドをはじめ、ウィンドウガラスが、青色が付いた熱線吸収のものでは無く、また、リアの曇り止め用のプリント式熱線も無いのもGTRの特徴です。さらに、モール類が装備されていないという走るために余分なものを取り除いた「スカイラインGTのレース仕様」となった。
 そして当時のハコスカGTRの価格は150万円。それが今となっても取引価格は下回ることのない最も人気の旧車である。

ハコスカの46グリルに関して

ハコスカグリルが違うというだけで、本当にいろんな表情を見せてくれますね!
 人それぞれで好みもハコスカのこだわりも違い、グリルの趣味もさまざまです。
 そこで、たくさんあるグリルの中から、2ドアモデルが発売されたと同時に変更になった46グリルに関して、通称46(ヨンロク)と呼ばれたこのグリルですが、2ドアは縦桟の途中にメッキが入っていましたが、4ドアは黒一色でした。
 数あるグリルの中でも渋めのスタイルから2番人気とも言われていました。
 このタイプのグリルは、GT用が入手困難のレアものになっていて、現在では手に入れることは大変難しいです。
 ちなみに、2ドアのGTRもこのグリルをベースにしてデザインされました。GTR用のグリルは比較的手に入りやすいようですね。
 当時はこの縦桟を外したり、チェリーのハニカムグリルを流用したりしてGTR仕様にするドレスアップが流行っていましたね。
 バンパーに関しては、オーバーライダーが廃止になりました。
 コスト高と思われるところが次々に廃止になっていきます…。残念です。
 しかし、2ドア、4ドア、GTRとも兼用なので、レプリカにて3タイプのモデルともに比較的手に入りやすいですね。

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